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労働基準法16条とお礼奉公

お礼奉公が争われるとき、必ず出てくるのがこの条文です。借用書という形をとっていても、この条文の対象になります。看護学校の修学資金について、病院からの返還請求が認められなかった判決を2つ読みます。

条文

「◯年以内に辞めたら100万円」という取り決めを、最初から契約で決めておくことができない、という意味です。お礼奉公は「違約金」ではなく「貸したお金の返還」という形をとりますが、広島高等裁判所は平成29年 9月6日の判決で、この条文は労働契約そのものだけでなく貸付にも適用されるとして、次の判断の枠組みを示しました。

条文は e-Gov 法令検索の本文で確認したものです。判決の引用は、労政時報の判例解説「医療法人K会(修学資金返還請求と賠償予定の禁止)事件」(第180回)に掲載された判示部分によります。

裁判所が見ている5つの要素

研修費用や修学資金の返還義務が16条に触れるかどうかは、次の5つをあわせて判断していると整理されています。

  1. 労働契約と区別した金銭消費貸借契約があるか。借用書が別にあれば、労働契約の不履行という性格が薄まります。
  2. その修学に参加することが任意・自発的だったか。自分で決めたのであれば、業務性が薄まります。
  3. 業務性の程度。使用者の業務のための費用なら、本来は使用者が負担すべきものになります。逆に、本人にとって有益な教育の機会であれば、本来本人が負担すべき費用を使用者が貸したと評価されやすくなります。
  4. 免除されるための期間が不当に長くないか。
  5. 返還額と返し方が相当か。勤続期間に応じて返還額を減らしているか、分割返済を認めているか、など。

この5要素の整理は、荒木尚志『労働法(第3版)』(有斐閣)76〜77頁として、上記の判例解説に引用されているものです。

判決① 和幸会(看護学校修学資金貸与)事件

医療法人が看護学校の修学資金を貸与し、2年以上勤務すれば一部、3年以上勤務すれば全額を免除するという約束でした。年数を満たさずに辞めた人とその連帯保証人に対して、法人が返還を求めました。

大阪地方裁判所は、この契約が、将来その病院で働くことを前提として退職の自由を制限し、看護学校に在学している間から事実上その病院での就労を義務づけるものであるとして、労働者の就労を強制する経済的足止め策の一種にあたると判断し、労働基準法14条・16条に違反するとして、法人の請求を退けました。

ここで注目すべきなのは、免除に必要な年数が3年だった点です。3年以内なら必ず有効になる、というものではありません。

判決② 医療法人K会(修学資金返還請求と賠償予定の禁止)事件

何があったか

  • 看護助手として採用された人が、働きながら准看護学院に通い、その後看護学校に通って正看護師の資格を取りました。
  • 医療法人は、准看護学院の在学中に合計146万2793円(貸付①)、看護学校の在学中に合計108万円(貸付②)を貸し付けました。
  • 貸付規定では、卒業後に引き続きその法人の医療施設で勤務した期間が通算して看護婦6年以上、准看護婦4年以上のときに全額を免除すると定められていました。
  • その人は正看護師として約4年4か月勤務したあと、平成26年8月20日に退職しました。法人は、残元本合計253万7793円と遅延損害金の支払いを求めて、本人と連帯保証人である父親を訴えました。

裁判所が挙げた理由

広島高等裁判所はまず、労働基準法14条が労働契約の期間の上限を原則3年 (特定の一部の職種については5年)としていることを、退職の自由をそれ以上制限することを許さない趣旨だと読み、判断の基準をこう示しました。

そのうえで、次の点を挙げました。

  • 免除に必要な6年間は、労働基準法14条が退職の自由を制限する限界としている3年間の倍であり、著しく長期間である。
  • 6年間に1日も満たない場合は全額返還を要し、勤続年数に応じた減額措置もない。正看護師の資格取得後に約4年4か月勤務した事実が一切考慮されない。
  • 返還額108万円は、看護学校在学中の本人の基本給の約10倍にあたり、「この返還義務の負担が退職の自由を制限する事実上の効果は非常に大きい」。
  • 貸付②は学費そのものではなく生活費としての交付であり、在学中の給与の減少分を補填する目的だったことなどから、その実質は「賃金の補充」として位置づけられるものだった。
  • 退職届が提出されたあと、管理職が貸付の存在を指摘して退職の翻意を促しており、貸付は実際にも退職の翻意を促すために利用されている。

結論

裁判所は、この貸付が経済的足止め策としての実質を有し、退職の自由を不当に制限する損害賠償額の予定であるとして、労働基準法16条に反し、同法13条により無効であると判断しました。返還の合意が無効になった結果、貸したお金は返還合意のない給付金となり、連帯保証をしていた父親の債務も、付従性により成立しないとされました。

法人は、本人にも連帯保証人にも、返還を請求することができませんでした。

この2つから読み取れること

3年という数字は、判断の出発点であって、線引きそのものではありません。広島高裁は「3年を超えるか否かを基準として重視すべき」と述べましたが、大阪地裁が扱った和幸会事件では、免除に必要な年数が3年でも無効と判断されています。年数だけで決まる話ではなく、貸付の中身、免除の数え方、返す額の重さ、実際の運用が一緒に見られます。

争われたのは、返還請求ができるかどうかであって、辞められるかどうかではありません。辞めること自体は、返還の話とは別に決まります。期間の定めのない雇用なら、申し入れの日から2週間で終了します(民法627条1項)。

逆に、返還請求が認められた事例もあります。借用書が労働契約と別にあり、進学が本人の希望で、免除に必要な期間が短く、勤めた期間に応じて返す額が減るような設計であれば、5つの要素のどれもが有効の側に傾きます。上の2件は、そのどれもが逆を向いていた事案でした。

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